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東京地方裁判所 平成7年(ワ)1400号 判決

原告

【A】

右訴訟代理人弁護士

関根志世

右補佐人弁理士

【B】

【C】

被告

トステム株式会社

右代表者代表取締役

【D】

右訴訟代理人弁護士

井口寛二

瀬川健二

右訴訟復代理人弁護士

手島康子

右補佐人弁理士

【E】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、業として、別紙物件目録記載の方法により製造した同目録記載の構造の気密ピースを使用し、譲渡し、貸し渡し、又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。

二  被告は、その所有にかかる前項記載の物件(完成品)を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金二億五七七〇万円及びこれに対する平成七年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、複合プラスチック成形品の製造方法に関する特許権を有する原告が、被告に対し、被告の販売する気密ピースは、右特許権の技術的範囲に属すると主張して、右気密ピースの使用等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実等(括弧内に証拠等を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 複合プラスチック成形品の製造方法

特許番号 第一八六一一七三号

出願日 昭和六〇三月一九日

公告日 平成二年二月二六日

登録日 平成六年八月八日

特許請求の範囲第1項

「ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出して、ポリプロピレン部材の表面に、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー部材を立体的且つ一体的に融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法。」

(一)  原告は、興研株式会社からされた無効審判請求(平成九年審判第三三二〇号)において、右特許請求の範囲第1項につき、次のように訂正請求した(甲一八)。

「ポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出して、ポリプロピレン部材の表面に、何らの接着剤を使用しないで、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー部材を立体的且つ一体的に融着成形させることを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法(但し融着面がオス─メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)。」

(二)  右(一)の無効審判請求事件について、平成一一年七月一五日にされた審決(以下「本件審決」という。)において、右(一)のとおり訂正が認められ、無効審判請求は、成り立たないものとされた(甲一七)。

3  被告は、泰榮商工から納入された気密ピースを販売している。

二  争点

1  被告が販売する気密ピースの特定とその製法が本件発明の技術的範囲に属するかどうか

(原告の主張)

(一) 被告が、泰榮商工から納入を受けて販売している気密ピースは、別紙物件目録記載の各物件(以下「イ号物件」という。)である。

(二) イ号物件は、はじめにポリプロピレン樹脂を金型内に溶融射出成形し、その固化後、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマーを溶融射出することにより、ポリプロピレン部材である取付け基台1a、2a及び3aの表面に、接着剤を使用しないで、スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー部材である封止体1b、2b及び3bを、立体的かつ一体的に融着成形して製造されたものである。

(二) イ号物件の取付け基台1a、2a及び3aと封止体1b、2b及び3bの融着面は平坦面であってオス─メス型の凹凸形状ではなく又は入り組んだ接合面ともなっていない。

(三) 以上のとおり、イ号物件は、本件発明の構成要件をすべて充足し、本件発明の技術的範囲に属する。

(被告の主張)

(一) 別紙物件目録のうち、「三 材質」及び「四 製法」中の、「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」については知らない。その余は認める。

(二) 被告の販売している気密ピースの取付け基台1a、2a及び3aと封止体1b、2b及び3bの融着面は別紙被告図面の図1ないし3のとおりであるから、オス─メス型の凹凸形状又は入り組んだ接合面を有している。 したがって、被告の販売している気密ピースの製法は、本件発明の構成要件を充足するものではなく、本件発明の技術的範囲に属しない。

2  原告の損害

(原告の主張)

泰榮商工の被告に対するイ号物件の納入金額は、一か月当たり五五五四万円である。

被告は、泰榮商工から納入されたイ号物件をサッシに組み込んで販売しているところ、被告がイ号物件をサッシに組み込んで販売したことによる利益の額は、右五五五四万の八%程度であるから、被告が得た利益の額は、一か月当たり(五五五四万円×○.〇八=)四四四万三二〇〇円となる。

被告によるイ号物件を用いたサッシの販売期間は、平成二年三月から同六年一二月までの五八か月間であるから、本件特許権侵害による被告の利益の額は、(四四四万三二〇〇円×五八か月≒)二億五七七〇万円となり、これが原告が被った損害額となる。

仮に、被告の利益の額によって原告の損害額を算定することができないとしても、被告によるサッシの売上高のうちイ号物件の売上高に相当する金額は、(五五五四万円×一.〇八×五八か月=)三四億七九〇二万五六〇〇円であり、原告は、これに基づく実施料相当額の損害を被った。

(被告の主張)

原告の主張を争う。

第三争点に対する判断

1  証拠(甲一七、乙一二、一五、一七、二一)によると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、本件特許権の無効審判請求事件において、平成九年七月七日付け訂正請求書により、特許請求の範囲に「何らの接着剤も嵌合技術をも使用しないで」との文言を付加する訂正を申し立てるとともに、右訂正は、「2種類の部材の融着成形において接着剤の使用や嵌合技術の使用を明瞭に排除」するためのものであると主張した(乙一五)。

(二) これに対し、右事件の平成一〇年三月二日付け特許無効理由通知書(以下「本件通知書」という。)により、特許庁審判官から原告に対し、以下の求釈明がされた(乙一七)。

「この「嵌合技術の使用を排除」するという意味が、たとえ射出成形を使用していても、凸凹又は入り組んだ接合面を有する部品の製造を排除すること(両樹脂の接合面が図1に示されるように水平面であることを意味する)なのか、または、通常の嵌合技術【凸凹を有する異なる部品を製造しておいて物理的に組み合わせることによる接合で、射出成形等の融着による接合を使用しない。─この場合は射出成形等融着技術を使用していれば、凸凹、又は、入り組んだ接合面を有する部品の製造は排除されない。】の排除を意味するか訂正の意図が不明である。

前者の場合は、減縮となるが、その場合は、特許請求の範囲において、【両樹脂の接合面が図1に示されるように水平面であって、凸凹又は入り組んだ接合面を有する部品の製造を排除する】ことを明記する必要がある。」また、本件通知書には、右の後者の意味の場合、本件特許は、本件特許出願前に発行された公開特許公報(特開昭五三─五六八八九)に記載された公知技術や先願(実願昭五九─一〇七九六九)の明細書に記載された考案(以下「先願考案」という。)と同一である旨の記載がされている。

(三) 原告は、特許請求の範囲に「何らの接着剤を使用しないで、」及び「(但し融着面がオス─メス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く)」との文言を付加する訂正を行い、本件審決がされた(甲一七)。

(一)  証拠(乙一二)によると、公開特許公報(特開昭五三─五六八八九)に記載された公知技術は、注射器のプランジャに係るもので、剛性のポリメリック樹脂によって軸と一体となった相互連結部を成形し、その固化後、スチレン─ブタジエン共重合体を溶融射出して、剛性のポリメリック樹脂の表面に、スチレン─ブタジエン共重合体を立体的かつ一体的に成形して、ピストンを形成する複合プラスチックの製造方法が開示されていることが認められる。

右の事実に証拠(乙一二)と弁論の全趣旨を総合すると、本件審決で認められた訂正前の本件発明は、右公知技術によって公知になっていたものと認められ、証拠(乙一二)によると、右公知技術において、剛性のポリメリック樹脂とスチレン─ブタジエン共重合体の接合面は、後者が前者にからみ合い、かつ包囲する形状で、物理的な破壊によらなければ両者を分離することができないものであると認められ、接合面が入り組んだ状態となっているということができる。

(二)  証拠(乙二一)によると、先願考案は、注射液又は輸液用容器の薬栓に係る発明であって、ポリエチレン、EVA又はポリプロピレンからなる皿状の形状をしている本体の凹部に、別紙先願考案図面のとおり、S─EB─Sの分子構造を基礎とした熱可塑性エラストマーAR材からなる粘弾性体を一体に融着させる技術が開示されており、その融着方法の例として、インサート成形等が挙げられている。

以上の事実に、証拠(乙二一)と弁論の全趣旨を総合すると、本件審決で認められた訂正前の本件発明は、右先願考案と同一のものであると認められ、証拠(乙二一)によると、右先願考案において、ポリプロピレン部材とS─EB─Sの分子構造を基礎とした原料とする熱可塑性エラストマーAR材からなる粘弾性体の接合面は、オス─メス型の凹凸の形状になっているものと認められる。

3  本件審決が確定したことを示す証拠は存在しないから、本件審決で認められた訂正が効力を生じたということはできないが、右2で述べたところからすると、本件発明は、右訂正前の発明から、少なくとも、融着面がオスーメス型の凹凸形状又は入り組んだ接合面となっているものを除いたものとして解釈すべきであるということができる。

二  右一の3で述べた解釈を前提として、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうかについて判断する。

1  証拠(検甲一ないし三)によると、イ号物件の取付け基台1a、2a及び3aと封止体1b、2b及び3bの融着面は、別紙被告図面の図1ないし3のとおりであり、次の2に記載したように形成されていると認められる。

(一)  封止体1bが、取付け基台1aの凹部に嵌合している。

(二)  封止体2bが、全体として取付け基台2aの凹部に嵌合しているほか、封止体2bの幅は、下の部分では、上の部分よりも狭くなっており、その狭くなった下の部分が基台2aの凹部に嵌合している。

(三)  封止体3b(形状はA─A断面図、B─B断面図のとおりである。)が、取付け基台3aの凹部に嵌合している。

3  右2(一)ないし(三)によると、イ号物件の取付け基台の凹部に、封止体が嵌合しており、その接合面は全体としてオス─メス型の凹凸形状になっているということができるから、イ号物件は、「融着面がオス─メス型の凹凸形状となっているもの」に該当する。

4  したがって、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属しない。

三  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)

〈以下省略〉

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